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ヱキセントリック少年少女

はにかみ屋のシティガール

モダンな余談の最先端


わっ!カウンター【66666】をみてしまった。

なんと、去る九月は一回しか更新しませんでしたが、健在です。だらしのない大学生によるしまりのないブログ。諸々、ちゅんちゅら、らららら(by.町田康)とお勉強したり、月見バーガー食べたり、ぶらりセミナーに出でて現実にアイアンクロー喰らったり、やけくそで短歌詠んだりしているうちに九月は終わりました。

毎日それなり忙しないのもあれですが、特筆すべきおもしろいことがなく、あまりなんにも書けなかったのですが、それって【日記】としての本末転倒感が凄い!もはや【日】記ではない!


自分の方針について思い煩っていた折、作文の授業なんかで、クラス最優秀作【A+】なんぞ戴いたりして、それはとても有り難く、喜び勇んだけれども、いやちょっと待てよ、これって怖ろしいことだ。


私は昔から、ビリになるのと一番を取るのとが同じくらい怖ろしくて、なぜなら、一番になると「次、一番じゃなかったら死にたい」と思うくらい思いつめてしまうからである。中高のときなぞは、国語で模試学年1位とかになると、2位の○○ちゃんとたった5点しか違わなかったと分かった時に、ああ、次○○ちゃんに抜かれたら私はどうしようかと、ぶるぶる戦慄してしまって、次が来るのがただ怖ろしいのだ。「褒められると二度と同じことが出来ない」という欠点もある。期待されるプレッシャーに負けてしまうのだ。「なんだ、こないだのはまぐれか。たいしたことなかったな」と思われるのは怖い。


褒められたのに手放しで喜べないのは悲しいものだ。一位というのは孤独なものだ。私は大多数の事柄が平均かそれ以下なので、国語しか一番取れるものがなく、ゆえにどうしても切羽詰ってしまうのだが、「何をやっても一番の人」の孤独はいかほどだろうか。常勝の天才というのは。ラインハルト様か!


うーん。
べつにいっつも一番じゃ無くったって、トップ10くらいの自分を赦してやらないと正直しんどい人生だ。私は、国語というか文学的なものに対して必死すぎるというか、一生懸命すぎるきらいがあるが、命を賭すくらいの価値があるものだ、と思っても居る。ちと恥ずかしいので大声で言えないが。
それくらいなんだか生理的に愛しているよ、文学を。
文学部入れてよかった。と思ふ。「シンプルに勉強が楽しい」って幸せな事態だと思うのだ。自分の肌に合う学問と言うのは。


うっ、ちょっと・・・ハズカシイことを書いてしまった模様。
若者の苦悩なんぞに興味はない(by.森見登美彦

巻き返してたら月が出た。
ぬくい牛乳飲んで寝ます。


<最近読んだ本>↓

赤頭巾ちゃん気をつけて (新潮文庫)

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楡家の人びと 第1部 (新潮文庫 き 4-57)

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